人が、イザッ!と云う窮地に追い込まれた時、そのお互いの安否の確認をする為、必死で探したり、自分の命もかえりみず手を差し伸べるのは家族や夫婦の片割れや親子同士しかない。人間って誰かに探されない時がアイデンティティーの喪失なんだ。
それが判ったのは、神戸淡路大震災の時だ。毎日のようにテレビや新聞でクローズアップされる美談は「家族の・・・」、「夫婦の・・・」、「親子の・・・」であって、そこに恋人や同僚や同級生の絆は登場しない。
それ以来だ。“理想のもっとも豊かな人間関係は家族なんかじゃない”という考えだった私が、「家族作り」という核分裂に憧れる様になったのは・・・・・・・・。
そして、その気持ちは、今回の「東北大震災」で、さらに強くなった。
犬や動物でも、飼い主がいる場合は必至で名前を呼び安否を心配し、探してもらえる。再開を喜び合うシーンはスポットを当てられても、他にも大勢いるであろう孤高の動物たちは探されることもなくさまよっていることだろう。そして、それは人間界でも同じ?
そうだ! 次の更なる大きな震災が来る前に、お互いの安否を気遣いあうパートナーを見つけなくちゃ! |
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